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車椅子の人の視点で物を見たことがありますか?
普段何気なく見ている景色とは全然違う風景がそこには広がっていました。

私が車椅子に乗った訳

まず最初に、私がなぜ車いすに乗ったのかを簡単に説明します。

ブログを書くようになる、少し前の話しです。
簡単に表したのがこちらです。
介護の仕事をしている際に、高齢者の方を抱える

寝てもらおうと寝床へ移動

降りてもらう

介助終了後、立とうとすると『ボキッ!!』と聞いたことのない音が腰の方から・・・

医者曰く、「限界まで疲労がたまったぎっくり腰」発症

一歩も歩けなくなり、車いすのお世話になりました。

こんな感じで、私は2週間の車いす生活を余儀なくされました。
折角貴重な体験をしたので、このことについて今日は書きたいと思います。

あ、ぎっくり腰を防ぐための記事も用意しているので、よければどうぞ♪

 介護での腰痛を防ぐために必要な5つの習慣ってこれなの!?

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車椅子に乗って分かったこと

車椅子に乗って生活すると、色々なことが普段と違うのです。

  • 視点
  • 当たり前なことができない
  • 親切

様々な経験ができた貴重な2週間でした。
今日はそれについて語っていきたいと思います。

視点の違い

まず一番に感じたのは、視点の違いです。
私は身長が171センチあるのですが、車いすの乗っていると、大体120センチ前後の伸長と同じくらいの視点で物が見えました。

すると、普段気にも留めないものが

怖い

のです。

普段買い物袋を提げて歩いている人を見ても何も感じません。
ですが、車いすに乗っていると、袋がちょうど顔の高さに近いのです。

これは当たるかも!
という思いを何度もしました。

怖かったです。
と同時に、私も普段こんなこと気にも留めなかったな、と少し恥ずかしい気持ちになりました。

アイコンタクトできない

また、人の視点が自分に向かないことにも驚きました。
普段は何気なくやっているアイコンタクトも、車いすに乗ると目線の高さが全然違うため、それができません。

ですので、会話をしていても、買い物などをしていても、どこか一人ぼっちのような気がしてなりませんでした。
というよりも、車いすの私と、他の人が目を合わせようとしないのです。

なんだか、周りの人が関わり合いになるのを嫌がっているように思えました。

当たり前のことができない

そして、次に感じたのが、普段当たり前のことができないのです。
当たり前すぎて、できないことを想像もしていなかった様々なことが、車椅子の私にはできなかったのです。

トイレの電気がつけれない

私の家は、トイレの明かりはスイッチを押してつけるタイプです。
普段なら何も考えずに押してはいるのですが、手が届かないのです。そう、

電気がつけれない問題

が発生してのです。

かなり手を伸ばせばギリギリ届くのですが、腰を痛めているため、背を伸ばすことができません。
仕方なく、腰が少し良くなるまでは、トイレのドアを開けて外の光だけで使用することになりました。

便器に移動できない

更に、トイレでの苦労は続きます。
トイレの明かりはその後懐中電灯などを駆使して何とかしたのですが、新たな問題が浮上。

それが、

便座に移動できない問題

です。

私の家はあまり大きくない、まあ一般的なトイレを使用しています。
普段車いす使用など考えてもいないため、車いすが入るスペースがないのです。

つまり、車椅子⇒トイレに移ろうとしても、車いすを便器に近くにつけることができないのです。

一歩歩かなくては、トイレまで届かないのです。

たった一歩、普段なら意識もしない距離です。
ですが、この時の私は立つこともできないありさま。

車椅子からすり落ちるように床へ移動し、壁をつかえにして立ち、そして便座へ座る。

普段当たり前にしている動作にかかる時間が実に5分かかったのです!
当然、用を足した後には、同じ工程を今度は車いすに乗るために行い、再び数分かけてようやく車いすに座れるのです。

買い物かごが持てない

少し腰の調子が良くなってきた私は、外の世界にようやく出ることができました。

そう、約2週間ぶりの買い物です!(家のすぐ近くに買い物できる場所がありました)

すると、新たな問題が浮上。

買い物かごが持てない問題

です。

私が使用していた車椅子は、祖父が使っていたものを借りていました。
自走できるタイプだったのですが、軽量化のためか小型化されていました。

そう、膝の上にかごを置いてしまうと、前が見えないし、カゴ自体も手置きに引っかかってしまい不安定な状態となるのです。

つまり、買い物かごが持てないのです。

色々試しましたが、手でかごを持つことは当然できず、仕方なくかごをあきらめた私は、本当に欲しかったのみのを膝の上に置き、それだけを買うためにレジに向かいました。

ここで新たな問題が待っていると知らずに・・・

レジが高い

新たな問題、それは

レジが高い問題

です。

そう、レジは一般の人用に高さが合わせてあります。
つまり、車椅子の人からすると高いのです!

これには困りました。

なんせ、少し良くなったとはいえ、まだまだ背を伸ばすと痛い私は、高いところに、重いペットボトルを持ち上げるなんてできません。

結局、商品はレジのお姉さんにかがんでもらい、手渡ししました。
お金も、お金を置くところにはおけず、同じくお姉さんに手渡して受け取ってもらいました。

なんとなく、何もできない自分が悔しくなったのを、今でも覚えています。

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車椅子になって初めてわかる親切

一方で、さりげないやさしさがとてもありがたいものでした。

段差を超える手伝いをしてくれた男性

車椅子というものは、小さな段差でも上るのにかなり苦労します。

大学の講義で段差の超え方、階段の上り方・降り方も習ってはいたのですが、なんせ腰が痛くて自分の体重を持ち上げることすら、当時の私にはできませんでした。

普段気にしてなかったところにも、小さな段差はあるものです。

そう、外に出た私には(家の中もですが)

小さな段差超えれない問題

が毎日私の前に立ちふさがってきたのです!

特に外に出た時は、超えれない時が何度もありました。
遠回りして何とかなるときはいいのですが、どうしても越えなければならない時が一度だけありました。

これはまずい・・・

私の頭の中では、どうやってこの強敵を攻略しようか頭がフル回転です。
ですが対応策が浮かびません。

すると、私が困っているのがわかったのか(まあ、段差の前でずっと止まっていた私は邪魔だったと思います。)、一人の男性が、

手伝いましょうか?

と声をかけてくれたのです。
当然、知らない人です。

私は正直恥ずかしさがありました。

こんな段差を超えるために手伝ってもらうなんて・・・

しかし、一人で超えれないのも事実。
という訳で、一瞬ためらったものの、私は素直にお願いして手伝ってもらうことにしました。

当然ですが、すっと段差は簡単に超えれました。
あれだけ苦しんでいた段差を一瞬で・・・

助けてくれた男性は、

それじゃ

とさわやかに去って来ました。
彼からしたら当たり前に様なことだったのでしょうが、私は本当に感動したのを覚えています。

小銭入れを拾ってくれた女性

もう一つは、落とし物です。

先程買ったペットボトルのジュースを飲もうとしていた私は、小銭入れを落としました。

普段ならすぐに拾うのですが、その時私は新たな問題に直面。

小銭入れが拾えない問題

です。

そう、身を屈めることができなかった私は、床に手が届かなかったのです!

どうしよ・・・
とまたも途方に暮れていた私ですが、すぐに問題が解決しました。

ハイ、どうぞ

通りがかった女性が床に落とした小銭入れを拾ってくれたのです。
女性は私に小銭入れを手渡すと、そのまますぐに去っていきました。

私は、
ありがとうございます

と一言伝えましたが、胸の中は、そんな言葉で表せないくらい温かい気持ちになっていました。

当たり前の親切だったのかもしれません。
ですが、この二人のさりげないやさしさからの親切は、当時の私にとって本当にうれしいものでした。

それは、問題が解決したという喜びの面でもそうなのですが、それ以上に、

見知らぬ誰かのやさしさに触れた事への感動

だったようにも思えます。

小さな親切をためらわないで

今回の記事で何が言いたいかというと、車いすに乗っていた私にとって、小さな親切がとてもうれしかったということです。

私たちは、困っている人を見た時、ついつい

本当に困っているのかな?

手を貸したら逆に迷惑かも

と考え、行動をためらってしまいます。
ですが、その行動は迷惑なんかではありません。

困っている人は、どんな人の親切もうれしいものです。
少なくとも私は、あの時手を差し伸べてくれた二人の気持ちが、本当にうれしかったです。

ほんの少し手を差し伸べる

それだけで、あなたは見知らぬだれかを幸せにできるのです。
どうか、そのことをしっかりと覚えておいてほしいのです。

私が車椅子に乗って学んだことは、車椅子の人の苦労や大変さでした。

そして何より、

小さな親切のすばらしさ

だったように思います。

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